104日記

 ダイエット、投資、読書、北朝鮮情勢、心理学など主に雑記

縁あって

近々、新しい環境になる。当然、そこでいろいろな人と出会うと思うので、改めて縁について。

新しい出会いには、どこか不安やおそれがあります。でもそれと同じくらい期待もあり、複雑な心持ちになります。

こういった出会いとか縁とか考えるとき、まず浮かぶのが、松下幸之助さんの『道をひらく』です。
中でも「縁あって」という一節が読みたくなります。

「縁あって」

おたがいに、縁あってこの世に生まれてきた。そして、縁あっていろいろの人とつながりを持っている。
縁あって…なんだか古めかしいことばのようだけど、そこにはまた一つの深い味わいがひそんでいるように思える。
人と人とのつながりというものは、とかく人間の個人的な意思でできたと思いやすいもので、だからまたこのつながりは、自分ひとりの考えで、いつでも断てるかのように無造作に考えやすい。
だがほんとうはそうではない。人と人とのつながりには、実は人間のいわゆる個人的な意思や希望を越えた、一つの深い縁の力が働いているのである。男女の縁もまた同じ。
そうとすれば、おたがいにこの世のおける人と人とのつながりを、もうすこし大事にしてみたい。もうすこしありがたく考えたい。不平や不満で心を暗くする前に、縁あったことを謙虚に喜び合い、その喜びの心で、誠意と熱意をもって、おたがいのつながりをさらに強めていきたい。そこから、暗黒をも光明に変えるぐらいの、力強い働きが生まれてくるであろう。

道をひらく』より

 

僭越ながらまとめると以下。

  • 人と人とのつながりは個人的な意思だけでできていない
  • 個人の力を越えた部分で「縁の力」は働いている
  • 心を暗くする前に人との縁に感謝したい
  • その意味で、出会いをもっと謙虚に喜びたい
  • そこから誠意と熱意でさらにつながり・きずなを強めたい
  • そうすれば暗黒の中にも光明が生まれてくるだろう

対面同席五百生

縁ということを考えると、そもそも同じ時期にこの地球に生まれるだけでも相当な確率です。さらに、この広い地球で通り過ぎるだけでも相当な確率。袖振り合うも…これもものすごい確率。まして周りの親しい関係の人との縁は想像に絶します。

対面同席五百生(たいめんどうせきごひゃくしょう)という言葉があります。これは、対面し、同席している人は、最低でも五百回、過去世で人生を一緒に過ごしている、という意味の言葉です。

そう考えると一定の空間を共有するだけでも、目が合うだけでもかなりの縁です。
そこから見ると、嫉妬や妬み、怒り、おそれなんていうネガティブな感情は、とてもちっぽけに思えてきます。まるで空を眺めて宇宙を想像した時、自分の存在がちっぽけに思えるように。
人も動物なので、嫉妬、怒りなどのネガティブな感情に流されることもあります。ですが、常に「縁」の力をおそれつつ、感謝していきたいものです。

 

 

道をひらく

道をひらく